「ナッター」  いつものように藤次郎は自分のアパートで玉珠と二人きりでお酒を飲んでいた。  玉珠はおつまみのミックスナッツをかき回しては、ピスタチオだけを選り分けていた。 藤次郎が不思議そうに見ているのに気づいて、玉珠は藤次郎に対してニッコリと微笑むと、  「藤次郎」  「何?」  「プライヤー貸して」 と言って、手を出した。  「何するの?」  怪訝そうな目で見る藤次郎に対して、  「見て分からない?ピスタチオの殻を割るのよ。ピスタチオの殻を爪で割ると、爪が割 れるのよ」  玉珠は目の前にあるピスタチオを指して呆れたという表情をした。藤次郎は「ふーーん」 と言いながら、机の引き出しからプライヤーを取り出した。  「はい」  「ありがと」 と言って、玉珠はプライヤーでピスタチオの殻を割り始めた。それを見ていて藤次郎も鞄 から折りたたみ式のペンチを持ち出して、玉珠と一緒になってピスタチオの殻を割り始め た。  「…相変わらず、危ない奴!きっと私が刺し殺されたら、一番にあなたが容疑者になる わね」 と、玉珠はもらした。  「これは、仕事用に持ち歩いてるの!仕事先で工具を使うのはエンジニアなら当たり前 だろ!!」  藤次郎が言い訳がましく言うと、  「ふーーん、…そう言えば、それ一度も私に触らせないわね」 と、玉珠は嫌みな言い方をした。  「ナイフ付きだからね。信用できない奴には触らせない」  藤次郎が得意になって言うと、玉珠はピスタチオの殻を割る手を止めて、手を組みそこ に顎を乗せて  「私が信じられない?」 と言った。  「いや、今まで機会がなかっただけさ」 と言い訳がましく藤次郎が答えた。  「じゃ、貸してくれる」 と言って、玉珠は手を出した。  「いいよ」 と言って、藤次郎は素直に手に持っていた折りたたみラジオペンチを玉珠に手渡した。  「へぇー、こうなってんだ」 と言いながら、物珍しげに玉珠は折りたたみペンチに付いている工具を引き出した。  「おいおい、気を付けろよ。ナイフ付いてんだから…」  藤次郎は慌てた。  「大丈夫。十徳ナイフくらい家にもあるわよ」 と玉珠は笑って言った。  色々といじくり回している内に、玉珠は折りたたみペンチが気に入ったらしく。  「へぇーー、これいいわね。ねぇ、いくらしたの?」  「色々な種類があるけど、それだと大体一万八千円ほど…」  「結構な値段する物なのね…こんなの買うより、私に服とか買って欲しいなぁ…」 と玉珠はつい本音を言ったが、藤次郎は気づかずに、  「カタログ見る?もっと小さくて安い物もあるんだ」 と言う藤次郎に対して、  「うん」  玉珠が「どうでもいい」と言う態度で答えたが、藤次郎は兢々として書棚からいくつか のカタログを取り出して、玉珠の前に広げた。  二人してカタログを見ながらあれこれ話している内に、  「あっ、これなんか、小さくていいわね」 と玉珠は小さな折り畳み式ペンチに目を留めて指さした。それを見て藤次郎は平然と  「あっ、それ持ってるよ」  「持ってるの!」  玉珠が驚いたのを気にも留めず、藤次郎は鞄から筆入れを取り出した。その中には玉珠 が言った小さな折り畳みペンチが入っていた。  「あんたいったい、いくつ持ち歩いてるのよ!」 と玉珠は呆れ顔で言いながらも、手を伸ばしてそれを手に取った。  「結構お洒落ね」 と玉珠は言って、それをいじりだした。  「だろ?小さいから、女の人が持ってても違和感ないだろ?」  「…そうね」  玉珠は、あんまり関心を示さなかったが、藤次郎がうれしそうに言っているので、気分 を損ねるのも悪い気がして、取り繕うように微笑んだ。それを見て藤次郎は機嫌が良くな り、  「それ、あげるよ」  「いいの?」  驚く玉珠に対して、  「うん、もう一本あるから…」 と言って、藤次郎は机の上の工具箱を指さした。  「ほぉんとうに、危ないやつ!」 と玉珠は言ったが、嫌味が無くて笑っていた。  「でも、ありがとう。いただいとくわね」  玉珠は藤次郎の気が変わらない内にと、それをバッグにしまうと、再びピスタチオの殻 を割り始めた…その内、ふと思い出したように手を止めて、藤次郎の顔を覗き込むように、  「藤次郎…ひょっとすると、”ランボー”が使うようなでっかいナイフも持っていたり しないでしょうね?」 と何気なさを装いつつ聞いた。  「持ってないよ…だいいち、そんな物何に使うんだよ」 と藤次郎が笑って答えたのを聞いて、玉珠は少しは安心した。 藤次郎正秀